「シェア型書店」で本と想いを循環させよう
循環型経済

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全国で書店が減少の一途をたどる中、横浜の歴史と文化が息づく日本大通りで、ユニークな本屋が賑わいを見せています。その名も、シェア型書店『LOCAL BOOK STORE kita.(以下kita.)』。なんと100名を超える市民がオーナーとなり、読み終わった本や大切な本を、思い入れと共に受け渡しているのです。資源とつながりが循環する「人の見える本屋」からは、地域にどんなコミュニケーションが生まれているのでしょうか。

『kita.(きたっ)』の愛称で親しまれる『LOCAL BOOK STORE kita.』
一般社団法人日本出版インフラセンターの調査によると、2023年度には全国で614もの書店が閉店し、過去10年間でその数は4600店を超えるという衝撃的な数字が示されています。背景には出版不況に加え、電子書籍の普及やオンライン書店の台頭といった構造的な変化があります。手軽に情報を得られるデジタルコンテンツに消費者の関心が移る一方で、実店舗である書店は家賃や人件費などのコスト負担も大きく、厳しい経営状況に置かれているのです。
このような中で、みんなが自分の本棚を共有しあうシェア型書店が、全国でも少しずつ増え始めています。複数に区切られた本棚の1つにオーナーが書店を開くスタイルで、さまざまな人が参加するコミュニティのハブとしても機能することが強みです。
古本屋、というと何となく埃っぽいような、古くさいイメージも少なくないはず。けれども『kita.』はそうではなく、思わずいろいろな棚から本を手に取りたくなるワクワク感に溢れています。加えて、『kita.』には単なるシェア型書店とは異なる、独自の取り組みがあるのです。
本は自分の”好き”をシェアできるツール。
『kita.』は、シェアオフィス・コワーキングスペース『mass×mass』に併設されています。2021年6月に馬車道で開業し、2024年12月に現在の日本大通りへ。場作りの背景や、そこに込めた想いとは。『mass×mass』を運営する関内イノベーションイニシアティブ株式会社の代表で、『kita.』を主宰する森川正信さんにお話を聞きました。

kitaでは本を手にしながら、読後の感想のシェアや著者のこと、さまざまなテーマで対話が自然と生まれている。
『mass×mass』の事業は地域や社会の課題を解決するソーシャルビジネスが根底にあり、起業家を生み出す創業支援を軸としています。そのプラットフォームの中に『kita.』をつくったのは、どのようなきっかけがあったからなのでしょうか。
森川さん:一番のきっかけはコロナ禍でした。開設から10年、2021年を機にリニューアルしようと思い立ったとき、ちょうどコロナ禍になったのです。『mass×mass』はいろいろなバックボーンの方々、さまざまな属性の人が関わるコミュニティである点が魅力ですが、どうやったら密にならず、多くの人が集ってくれるかなと考えたときに、知り合いが東京でつくったシェア型書店に遊びに行って、とても魅力的だなと思ったんです。この横浜版を作ろう、ということでスタートしています。
『kita.』のオープン後、たまたま訪れたり、知人から紹介を受けたりして、「オーナーをやりたい」という市民の輪はどんどん広がっていきました。
森川さん:当初のオーナーは25人。1年が終わる頃にだいたい40人ぐらいになっていて、2年目が終わる頃には約60人。もうすぐ4年目を迎える今では100人を超えました。

「興味を持ってくださる方は多く、さらに棚を増やそうという話も出ています」と森川さん
自分ではもう読まないけれど、次の誰かにおすすめしたい。そんな本を持ち寄り、見どころや自分なりのエピソードなど、メッセージと合わせて次の人へ本を届ける営み。こうした形の本屋が必要だと感じた理由は何だったのでしょうか。
森川さん:僕もそうなのですが、自分の好きな世界観や魅力的に思うものって誰かに伝えたくなるじゃないですか。それを本というツールでシェアする、そういう場をつくってみたいと思ったんですね。
日本で年間で捨てられる本の量は、売れ残りや返品、流通過程での廃棄などを合わせて、年間約3~4億冊と言われています。また、古本リサイクルとして処理される量も年間約30,000トンに達し、これは約60万本の森林資源に相当するとされています。本を捨てずにリユースできる『kita.』は、サステナブルで地球にやさしい場と言えるのではないでしょうか?
森川さん:本を廃棄するのではなく、想いのつながった人に手渡しするように本を届ける。そこにも魅力を感じています。

三ヶ月に一回開催している棚シャッフル。多い時は30人以上が集う。はじめてのオーナーさんも多いので自己紹介タイムで交流も。
小学生から85歳のシニア世代まで、本を通じて関わり合う。
『kita.』の楽しさは、本を通じて地域の人たちが出会えるところ。3か月に一度、みんなで書棚を入れ替える『棚シャッフル』では年代も属性もバラバラのオーナー同士が会話に花を咲かせます。
時には『一日店長』となり、店番仲間やお客さんと交流できる
圧倒的な多世代コミュニティが緩やかに集い、本を丁寧に次の持ち主に渡していく。そのコミュニケーションデザインにあたって、森川さんは何を大切にしたのでしょうか。
森川さん:一人ひとりのオーナーさんが楽しめる環境、本を通じてご来店いただいたお客様とどういう関係性を結べるかを意識してデザインしています。『棚シャッフル』や『一日店長』を通じてオーナーさん同士がつながっていくのも、すごく面白いですよね。
1冊の本、1つの本棚が、誰かの出会いの扉を開く。
多世代、そして多様な価値観を持った人が集まっているから、『kita.』で出会える本のバリエーションはとても豊か。ここに本を置きたいと思ったきっかけや本棚のコンセプト、参加してよかったことをオーナーたちに尋ねてみました。

(左から)疋田さん、島田さん、小島さんとお母さん
将来の夢は司書になること。私の好きな本を届けたい(小島さん)
全オーナーの中で最年少の小島さんは小学6年生。学校では「昔から憧れだった」という図書委員長を務め、地域の図書館にもよく自転車で出かけるという大の本好きです。この日も、新たに棚に置くための本をたくさん持ってきてくれました。
小島さん:これは女の子が誕生日に買った人形が、夜になったら喋り出して一緒に不思議な国に行く話です。話の中にクイズが出てくるのが気に入って、シリーズを買ったんですけど、もう読まなくなっちゃった。

『kita.』との出会いは4年生のとき。高学年になって読む本がライトなものから小説が中心になり、お母さんも成長を実感している
「図書館司書になりたい」と話す小島さんは、司書経験者や現役で司書をしているオーナーたちからアドバイスをもらったこともあると話します。
小島さん:大学に行って勉強したら資格が取れるとか、本棚の整理をするときに本を持つと意外と重いとか、色々教えてもらいました。
お母さん:娘が本好きの大人とつながれる。私がわからない本のことも、素敵な大人の方たちに教えてもらえる環境はすごいなと思っています。
知ることはきっと力になる。認知症について理解を広めたい(疋田さん)
会社員時代から横浜に縁のある疋田さんは、家族が認知症になったことをきっかけに産業カウンセラーや精神保健福祉士の資格を取り、認知症の講座やイベントを開催するなどパワフルに活動しています。
疋田さん:『kita.』に本を置き始めてから、他のオーナーさんが私の主宰している集いの場に来てくれたことがありました。誰かがここでふと認知症の本を手に取ってくれたら嬉しい、それがきっかけで認知症について知ってもらえたらいいなと思っています。

疋田さんの本棚『縁 Books』は認知症をメインテーマとしつつ、今は「最近はまっている」というブレイディみかこさんの著書もずらり
横浜今昔散歩。歴史とストーリーを知れば、街歩きがもっと楽しくなる!(島田さん)
学生時代に『kita.』と出会った島田さんは、社会人として働きながら横浜の古写真や絵葉書を収集し、現在の景色と比較する『横濱今昔写真』のコンテンツをSNSで発信しています。
好評でよく売れるという横浜の本は、Instagramのアカウントで記事を作るときに、島田さんが参考文献にしたもの。オーナーを始めてからは驚きの出会いがあったと話します。
島田さん:過去に、『kita.』に自分の集めた古写真を持ち込んで展示会をしたことがありました。そこに横浜市の都市デザイン室で日本大通り再開発の設計に携わった方がいらっしゃって、「これすごいね」と言われて。その後に、『開港5都市景観まちづくり会議』の横浜大会に「ぜひ来てほしい」と誘われて現地で講演までしたんです。ただの趣味からここまで大きくなるとは思わなかったから、本当にびっくりしました。

一番の人気は2009年発刊の『横浜今昔散歩』、「これは置いたらすぐに売り切れます!」と島田さん
読み終わった本を次の読み手へ!暮らしにサスティナブルループを取り入れよう。
本の循環から人と人が集い、新しいつながりが地域に生まれている。より広い視点で見れば、災害時の助け合いや高齢者の見守りにつながることはもちろん、多様な生き方のロールモデルと出会い、人生100年時代のあらたなローカルキャリアへとつながっていくこともあります。
そんな『kita.』を運営する森川さんにとって、目指したい未来とは。
森川さん:自分の住んでいる街、地元からも本屋さんが減っている現実の中で、どうやったら本屋が残っていけるかはすごく考えていました。インターネットで本が買える時代に、今まで通りの本屋をやっても、おそらく持続可能ではない。このシェア型書店というスタイルが、本のある空間を街に残す取り組みでもあり、意義の一つだと思っています。

神奈川県内の独立系書店が集うブックマーケットも年に1、2回開催。本というアナログのプロダクトを手渡しで届けるイベントを通して活字文化を応援する取り組みも行っている。
そして、ネットオークションでも本を売れる時代に、『kita.』のオーナーさんたちはわざわざ自分で本を持ってきて置く。売上も手渡しで、封筒に入ったものをここで受け取っています。
森川さん:もしかしたら、面倒・非効率とも言えるかもしれません。でも、『kita.』はそういったことを楽しめる人たちの集合体だと思います。そういうスタイルが広がっていけば、本以外でもきっと同じことができるかもしれない。ふらっと入って『あ、これいいな』と購入できるような、誰かが大切にしていたストーリーのあるプロダクトに偶然出会えるセカンダリーストアを横浜から発信したいですね。

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いらなくなった本は、本来は資源ごみとして処分することが推奨されていて、自治体のルールに従って回収日に出すか、古紙回収ボックスやセンターに持ち込めます。また、実は日本の古紙利用率は高く、誰かが手放した本もまた、菓子箱や段ボール箱などの製品に生まれ変わっているのです。
けれども、こうして本当に好きな本や思い入れのある本を、次の人へバトンを渡すように届けていくのも一つのあり方です。「みんなの本屋」で、地域に本と想いの循環を作り出してみませんか。
【情報】
LOCAL BOOK STORE kita.
https://kitabooks.jp/
mass×mass
https://massmass.jp/