再生リンで肥料をつくろう
再使用エネルギー 循環型経済
横浜市では、月島JFEアクアソリューション株式会社と共同で、下水の処理段階で出た沈殿物の「汚泥(おでい)」からリンという植物の生育に欠かせない成分を回収する取組を試験的に始めています。回収された「再生リン」は、市内の生産者に使用される肥料の原料となり、その肥料を使って育てた野菜のブランド化を目指した取組も始まっています。横浜から発信する新しい食と資源循環への挑戦を取材しました。
水の再生で出る汚泥が貴重な資源に
私たちの生活排水は下水道管から「水再生センター」へ送られます。これは、街を衛生的に保ち、伝染病から私たちを守るなど、下水道は現代社会に欠かすことのできない重要なインフラです。横浜市では、市内11ケ所の水再生センターが365日休むことなく下水処理を行っています。生活排水をきれいにして川や海へ返すことで自然環境の保全・改善につなげるなどの役割以外にも、大雨の際は雨水を効率的に川や海へ排水したり、貯留施設に雨水を貯留することで街の浸水を防いだりするなどの役割をも担っているのです。
水の再生に加えて、横浜市が積極的に取り組んでいるのが、水再生センター沈殿池で分離された汚泥の再資源化です。市内2ケ所にある「汚泥資源化センター」に送られた汚泥は、「濃縮」「消化」「脱水」の処理のあと、焼却設備または燃料化設備へ送られて、焼却灰や燃料化物になります。焼却灰は改良土・セメントの原料に、燃焼化物は石炭の代替え燃料に有効活用されており、その有効利用率は100%というから驚きです。

横浜市鶴見区にある北部汚泥資源化センター内の敷地模型。市内北部にある5つの水再生センター(都筑、港北、北部第一、神奈川、北部第二)の汚泥を集約して処理する施設。その広さは185,000平方メートル(横浜スタジアム約7個分)。

消化と呼ばれる処理を行う消化タンク。汚泥に含まれる有機物を微生物の力で分解します。分解の際に発生するメタンガスは、施設内の発電機の燃料や焼却炉の補助燃料として有効活用されています。
近年、横浜市では、この下水汚泥に含まれるリンを効率的に回収し、それを原料にした肥料で市内の野菜や果物などを育てる取組を始めています。この取組は、国土交通省が実施している「下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト)*1」として進められています。
横浜市では、月島JFEアクアソリューション株式会社(当時:JFEエンジニアリング株式会社)と共同で応募したリン回収技術がこの事業に採択され、令和5年より北部汚泥資源化センターにおいて再生リン回収施設を建設し、実証研究がスタートしました。

令和6年、国の実証事業としてリンを回収する施設が完成。汚泥の脱水設備から出る脱水ろ液に水酸化マグネシウムを混ぜ攪拌することで、化学反応によりリンを結晶化させ回収する仕組み。
リンは、野菜や果物などを育てるのに欠かせない肥料の原料となる栄養素ですが、日本ではそのほとんどを海外からの輸入に頼っていることから、複雑化する国際情勢に伴い、価格が高騰していること、更に、肥料中のリンの原料となるリン鉱石は、自然由来の有限な資源であり、資源枯渇の懸念があることも近年の課題となっています。
一方で、下水を処理する過程で出る下水汚泥にはリンが豊富に含まれています。このリンを「再生リン」として回収し肥料化。それを市内の生産者に使ってもらうことで、食と資源の循環が期待されています。

汚泥ろ液から回収した再生リン。さらさらとした質感が印象的です。
再生リン入りの肥料が新しい命を育む「はま巡リン」
横浜市下水道河川局マネジメント推進部マネジメント推進課担当係長の後藤賢亮さんにお話を伺いました。

横浜市下水道河川局マネジメント推進部マネジメント推進課担当係長の後藤賢亮さん。
後藤さん:以前から、横浜市の下水処理の基本的な姿勢として、下水の資源を最大限に有効活用するという考えのもと、様々な取組を行ってきました。
汚泥に関しても、一般的には焼却して埋め立てをして処分するケースが多いのですが、横浜市では、脱水した汚泥を低温炭化し石炭の代替燃料として、セメント工場の熱源に使用したり、道路工事などで発生した土と焼却灰を混ぜ合わせることで、土の強度を強めた改良土として道路の整備で再利用するなど、じつは身近なところで還元されているんです。

再資源化された燃焼化物と改良土(土の強度を強める素材)。工場などの熱源に役立てることで化石燃料の代替えにもつながり、熱源の地産地消も実現しています。
後藤さん:現在、横浜市が進めている汚泥からリンを回収して肥料をつくる事業は、国内でもまだ数か所でしか行われていない先進的な取組です。なかでも横浜市は、汚泥そのものではなく、汚泥を脱水した際に発生する「ろ液」からリンを回収するという、国内では唯一の方法を実践しています。
この方法で回収されるリンは不純物が少なく非常にきれいな状態で取り出せるため、肥料の原料としての価値が高いと肥料メーカーさんからも評価を頂きました。
横浜市はJA全農かながわとJA横浜の3者で連携協定を結び、再生リンの肥料利用を進めてきました。令和7年6月には、再生リンを原料とした配合肥料の愛称「みんなのこえ」をJA横浜の総代会で発表しました。さらにJA横浜の組合員に「みんなのこえ」のサンプルを配布するなど利用の促進にむけて動いています。

再生リン入り肥料「みんなのこえ」には、「持続可能な農業の実現を目指す農家の“声”」「循環型社会の形成を目指したサーキュラーエコノミーの“エコ”」「地球にやさしく、環境に配慮したエコロジーの“エコ”」、3つの想いが込められています。

再生リンを使用していることが一目でわかるロゴ、「はま巡リン」。横浜市民みんなの資源から生まれ再生した姿を「巡る」という文字に込めつつ「リン」を合わせた造語から生まれたロゴです。今後は再生リン入り肥料を使った農作物にこのロゴを活用したPRも進んでいくはずです。
横浜市は大都市ながら、農業がとても盛んな都市であり、耕地面積、農家戸数、農業産出額は神奈川県でトップを誇るほどです。これほど多くの生産者が農業を営む中で再生リン入りの肥料がどう支持されるのか、予想すらできない挑戦だったといえるでしょう。しかし、実際、生産者にサンプルを使ってもらうと予想外の反響があったと後藤さんはいいます。
後藤さん:そうした不安を払拭しようと、JA全農かながわさんやJA横浜さんの協力を得て、まずは横浜市内の生産者さんに「みんなのこえ」で作物を育てて頂いたんです。すると、その後のアンケートでは6〜8割ほどの生産者さんから今後も使いたいというご回答を頂きました。

横浜市役所にて開催されているマルシェでも再生リンをPR。
横浜だからできた!横浜の“つながり”から生まれた新しい名産品
後藤さん:この結果に我々も驚くとともに、やはり全国からの注目度も高まっていることを感じています。今、再生リンの取組について全国各地から講演に呼ばれることも多くなっていますが、生産者さんが積極的に再生リンを受け入れてくれた横浜の事例は珍しく、ほかの地域の方からは「進歩的すぎて参考にならない」と言われることもあるほどなんです。
そんな声の背景には、再生リンを回収するコストがリンを輸入する価格より高くなる傾向にあることや、やはり、下水からの回収というイメージの払拭が難しく、エンドユーザーに興味を持ってもらうこと自体が難しいことがあげられます。
後藤さん:この取組を進める中で強く感じているのは、JA全農かながわ、JA横浜、生産者の皆さんを始め、横浜の農業に関わる様々な人たちの環境意識がとても高く、皆が同じ方向を向いて進めることができているということです。
安全でおいしい農産物を届けたいという思いと共に、できる限り環境に良い形で持続可能な農業を営む、そういった使命感を持っている生産者さんが横浜には多くいます。
そうしたひとりひとりの意識や土台があったからこそ、再生リンという新しい試みを受け入れてもらえたのだと感じています。

JA横浜では組織の活性化を目指し進めている「浜いもプロジェクト」にて再生リン入り肥料を栽培に使用しています。
収穫したサツマイモは熟成により糖度を高めることで甘みを十分に引き出し、焼き芋としても販売予定とのこと。
食の循環の新しいモデルを横浜から世界へ
後藤さん:下水汚泥からリンを回収する。それは、再生リンを配合した肥料を使って横浜の生産者さんがおいしい野菜を育て、それを市民の皆さんが食べて、また下水となり戻ってきたものから、再びリンを取り出すというサーキュラーエコノミーの形であり、次世代まで繋ぐことのできる食の循環の可能性であることをもっとPRしていきたいと思っています。2027年に開催されるGREEN×EXPO 2027では花壇の基肥として再生リン入り肥料を活かしてもらうために、公益社団法人2027年国際園芸博覧会協会と連携して検証を進めています。
再生リンの実証実験はまだまだ続きますが、食の循環の新しい横浜モデルとしてGREEN×EXPO 2027から世界に発信できるようにこれからも進んでいきます。
食の循環の新しい横浜モデルへ。その挑戦はまだまだ続きます。

再生リンが巡る未来へ。
後藤さん:まずはこの取組を知ってもらい、自分たちの食糧安全は自分たちで守るという意識のきっかけにもなればいいなと思います。さらに国産により近い肥料をつくることで生産者さんも安心して農業が続けられ、市民の皆さんにもおいしい食べ物が提供され続けるという循環のサイクルを作ることができます。そこには地域の中で資源が巡るという豊かさがあると思います。
地域の中で食べ物を作り、地域の中で食べる“地産地消”。それに加えて、食べ物を育てるための栄養素も循環させる“新しい食と資源循環の形”。それは、近い将来、当たり前になる食の循環のシステムなのかもしれません。
「はま巡リン」のロゴを見つけたら、まずは手にとってみませんか?
*1 「下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト)」 国土交通省では、新技術の研究開発及び実用化を加速することにより、下水道事業における低炭素・循環型社会の構築やライフサイクルコスト縮減、浸水対策、老朽化対策等を実現し、併せて、本邦企業による水ビジネスの海外展開を支援するため、平成23年度より下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト※)を実施しております。
B-DASHプロジェクト:Breakthrough by Dynamic Approach in Sewage High Technology Project(国土交通省ホームページより)
【情報】
横浜市再生リン回収実証事業の概要
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/kasen-gesuido/gesuido/torikumi/odei-yuko/mapjigyou.html
取材させていただいたのは...
STYLE実践のヒント
JA横浜の直売所などで「はま巡リン」マークの農産物や、浜いもプロジェクトのさつまいもを見つけたら、ぜひ食べてみてください。自信を持っておすすめしますよ!(後藤賢亮さん)
STYLE100編集部