未来に“里山”をつなごう

生物多様性

横浜市青葉区。ここに40年前から脈々と守りつがれてきた「里山」があることを知っていますか?
田園都市線青葉台駅からバスに揺られることおよそ約18分。住宅街を通り抜けると目の前に広がるのは山々に囲まれた田畑の風景。ここは「寺家ふるさと村」、谷戸田と呼ばれる細長く伸びた水田地帯がいまなお残り、昔ながらの農村風景が生きている里山です。そんな寺家で新たな里山保全のプロジェクトが動きだしています。
令和6年キックオフ、“寺家みらいプロジェクト”とは?

里山の価値を守り伝えるために。ずっと取り組んできた保全プロジェクトの「その先」へ。

横浜市では里山の景観が残る地域を「横浜ふるさと村」に指定、約40年前から環境や景観の保全に取り組んできました。寺家ふるさと村もそんな里山のひとつ。現在も地元の方の農業や暮らしの場としてその景観を今に伝えています。
ただ、近年高齢化による農家の減少や世代交代、人口流出など保全の担い手不足により景観や田畑、山の環境を守っていくことが困難という現状も。一方で寺家ふるさと村総合案内所“四季の家”の年間来場者数はのべ20万人にのぼるそう。
この多くの人々を惹きつける寺家の里山には、農村風景にとどまらず新しい価値があるのではないか。そんな期待とともに多くの人々と里山保全の輪を広げるべく、また里山本来の価値を守り伝えるために、新たな担い手をつくっていく“寺家みらいプロジェクト”はスタートしました。

2月初旬の寺家ふるさと村の風景。きりっとした寒さの中で春に向けた農作業をする方の姿も。

令和6年8月、株式会社「農天気」代表小野淳氏による「農の力で世界に誇る田園都市づくり」をテーマにした講演をキックオフイベントとしてはじまった寺家みらいプロジェクト。
横浜市みどり環境局が中心となり寺家のまちあるきや保全活動のアイデア創発などのワークショップを開催。やや30名の参加者が各チームとなりアイデアをプレゼンテーション、そのなかから3つのプロジェクトが寺家みらいプロジェクトとして選出、実装となりました。
2月1日、寺家ふるさと村「四季の家」での活動報告会では3チームそれぞれがこれまでの活動とこれからの課題について発表。アイデア創発からわずか3ヶ月という月日だったといいますが、それぞれが確実にプロジェクトの歩みを進めています。

「明るい里山プロジェクト」プレゼンテーションの様子。

まず、1つ目のプロジェクトをご紹介します。寺家の民有地、市有地の調査を実施。土地の所有者を把握することでそれぞれにあったアプローチから援農や山、森の整備保全をめざす「明るい里山プロジェクト」です。
里山らしい豊かな生態系を復活させ、陽のあたる森林環境を整備するとともに地元の方とボランティアを募り民有地の竹林の整備もはじまったそう。

100年先の世代へ里山をつなぐ「里山谷戸保全チーム」。

2つ目のプロジェクトは、「里山谷戸保全チーム」。特筆すべきはそのきっかけです。発起人である坂上さんが運営するギャラリー“JIKE STUDIO”。2023年の夏、ギャラリー前に広がる柿畑が大型トラックの駐車場になってしまうというショッキングな知らせを受けたそう。農地の獲得には1000万円以上という費用に加え、農地を獲得するためのさまざまな試練を前にしたといいます。仲間とともに1年をかけて農業法人を設立し、クラウドファンディングで700人近い応援のもと、約1700万円の支援を達成し柿畑を購入しました。この農地を守る新たな試みと多くの方との出会い、その経験から里山保全には農家さんの抱える高齢化や相続といったさまざまな課題解決が不可欠だと気づいたという坂上さん。その気づきをきっかけに寺家みらいプロジェクトに参加を決意。現在は営農する傍ら、農地所有者の方の想いを聞き、田畑の清掃など農家さんの困りごとを少しずつ解決しながら、寺家の里山谷戸を残したいという想いで歩んでいるといいます。

そしてもうひとつ。「寺家ジュニアビレッジ」は小中学生を真ん中にリアルな食の地域課題にみんなで挑む“社会共育”プロジェクト。小学4年生から中学3年生までを対象に、地域課題を解決する会社をつくり、農産物の生産から特産品をつくる取り組みまでつなげていくそうです。

それぞれのプロジェクトに共通すること、それは「地元の方と一緒に考えつくっていく」こと。そして、「一緒にわくわくできる」こと。

約12.4ヘクタールの広さを誇る寺家ふるさとの森。農業用水をまかなう3つのため池や谷戸とよばれる谷があるなど散策や景観を楽しむことのできる森です。

今回、寺家みらいプロジェクトに伴走する横浜市みどり環境局農政推進課担当係長で地域づくりを担当している沼尻さんはこのプロジェクトの「その先」をこう話します。

沼尻さん 里山の環境や景観を保全し地元の方との交流を通して里山のある町を実現していくという理念を継承しつつ、そのなかで今後の社会に求められていること、例えば心の豊かさや安らぎ、そういったものを寺家でどう実現していくのか、みんなで考え、受け継いでいくことが7年度に向けての期待であり、一歩一歩進めていく未来です。

昨年8月のキックオフからこれまでに横浜市内、外から60名以上の方が寺家みらいプロジェクトに関わってきたそう。まだまだスタート地点にたったばかりのプロジェクトだといいますが、新しいアイデアや人と人との出会いを巻き込みながら、40年続く里山保全のその先は、わくわくしながら動きだしています。

「取り戻すのではなく、進めていく」新しい里山を育てていこう。

寺家ふるさと村の景色を次世代まで継ぐために。ここであらためて里山とは何かを考えみると、それはかつて生活に欠かせないものであり、暮らしの一部だったことに気づかされます。食べ物を収穫する農地、暖をとるための薪は山から。ため池や水源、ひとが暮らしを営むと同時に環境が保全され景観は守られる。でも、いまある多くの暮らしかたは、里山の保全維持には縁遠く、関わりも少ないのかもしれません。そんな里山を保全する本質とは。あらためてその意味や想いを伺いました。

里山谷戸保全チームの坂上さん(中央)。2010年より寺家でギャラリー“JIKE STUDIO”を営む。

以前から寺家の景観、豊かさ、力強さに魅了され、お子さんとともに通っていたという坂上さん。

坂上さん 寺家みらいプロジェクトに参加したきっかけは自身の柿畑のクラウドファンディングでした。支援してくださる方の声をひとりひとり聞くうちに、全国どこでも里山保全の課題を抱えていて、その解決の難しさに気づいたんです。
実際、相続の関係で涙ながらに土地を売ったという方がせめてという気持ちで支援してくださったり。柿畑だけでも700人近くの方からの支援があって、本当に多くのかたが里山の景観を残したいと強く願っていると感じたんですね。
寺家の里山の魅力は、四季が巡るなかで多くの人の心を優しく、元気にしてくれるところです。ことばで伝えるのは難しいのですが(笑)、心に栄養を与えてくれる、だから残したいという想いを持つ方も多いんだと実感しています。

寺家の里山のすばらしさはいくつもありますが、ここは現在も農のある暮らしが営まれている、公園ではなく生きている里山なんですね。人が関わり合って作り上げていく、それが里山の魅力です。

お話を伺った明るい里山プロジェクトのみなさん。

アレックスさん 私は8年前にここに移住してきました。まず感じたのは、山が充分に整備されておらず、かわいそうだということでした。昔は薪を使うために森に人が入り、必要だから整備されていていたけれど現代の暮らしには必要がないから整備されない。里山の畑や水田の事だけではなく、山の整備も多くの方の暮らしの中に取り入れて欲しいなと感じます。
私たちがこのプロジェクトを通じて描く未来はシンプルです。
都会に近い寺家だからこそ、都会のひとたちが求めているような体験、米つくりやたけのこ堀り、そして明るくなった山でもっと遊んでほしいなと思います。そこに広がる寺家の風景がこれからもっともっと美しくなったらなお良いですよね。

菅波さん 私は竹が好きなんです。
竹は軽くて扱いやすく成長も循環も早い。例えば、50年先を見据えた林業、農業の課題に取り組むとなるとひとりの力ではどうしようもないけれど、竹は人力でも達成感を得ることができます。この活動が始まってからよい運動にもなっていて体調もいいですよ(笑)。
里山の魅力を取り戻すためにやってますといいつつも、実際、プロジェクトが始まると半分以上は楽しみながらやっている自分がいるんです。土地のことなのでもちろん制約はありますが、里山という自由度の高いフィールドに抱かれて活動することは心地良いです。

田中さん 寺家はわたしにとって子どものころの遊び場なんですね。暗くなるまでどろんこになって遊んでいました。里山を自由に駆け回り、地元の皆さんに見守って育てていただいた場所でもあります。そんな大切な場所でもある寺家を、このプロジェクトを通じでここを継いできた方々と一緒に未来像を描くことが大事だと思いました。
戻るのではなくて、取り戻すわけでもない。進んでいく感覚を実感しています。

森の景観を楽しみながら歩くことができるよう整備された散策路。人の手が入ることで昔も今も里山は生きつづけています。

里山を取り戻すのではなく進んでいく。寺家ふるさと村の魅力にふれ、里山に関わる人の数だけ寺家の未来は広がっていくのかもしれません。
まずは寺家を訪れてその景色に入りこんでみませんか?そして、ちょっと懐かしかったりほっとしたり、そんな気持ちを感じたら里山を訪れてみてください。

【情報】
・寺家みらいプロジェクト https://jikemirai.info/
・寺家ふるさと村四季の家 ​​https://jike-shikinoie.jp/
・明るい里山プロジェクトhttps://www.instagram.com/jike_akaruisatoyama/
・JIKE STUDIO  https://www.galleryajike.com/
・寺家ジュニアビレッジ https://jvglocal.com/base/yokohama_aoba/

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