スポーツにもリサイクルの文化をつくろう

再使用エネルギー 循環型経済

糸がほつれたり、水を吸って重くなってしまったり。試合や練習使用に伴って劣化してしまった硬式野球ボールを、新品同様にリサイクルする取組がはじまっています。
プロデュースするのは、スポーツトレーナーとしてプロ野球選手にも指導を行っている保田貴史さん。使い古した野球ボールの再生活動を通じ、道具を大切にするスポーツ文化を広め、資金面で制約を受けることなく誰もがスポーツを続けられる環境を目指しています。
「本物の道具でのびのび技術を磨いてほしい」リサイクルボールに込めた保田さんの想いを聞きました。

根底にあるのは「もったいない」の精神

硬式野球ボールはゴム素材の芯を中心に糸を幾重にも巻きつけ、2枚の革を糸で職人が縫い上げて仕上げます。通常、1球あたり1000円以上する試合球と、600円ほどの練習球を使い分けて練習するそう。ボロボロになったボールはビニールテープを巻いて補修し、練習用として限界まで使います。

硬式野球ボールは、すべて熟練の縫製職人が一球ずつ手縫いで仕上げています。試合や練習で使用したボールはやがて革が破れ、状態が悪くなります。このボールを一度、革をはがして内部にまかれた糸を芯までほどき、新しい革を縫いつけて再生したボールをリサイクルボールと呼びます。

今回取材したリサイクルボールは本革と人工皮革の2種類。人工皮革を用いた黄色いカラーリングのボールは、水にも強く、雪の中でも視認性が保たれるので、冬の雪国の練習にも最適だそう。

リサイクルボールの普及に努める保田貴史さんは、20年以上にわたり、スポーツトレーナーとして活動してきました。この取組を行うようになった背景について聞きました。

保田さん:スポーツに携わる人間として、道具を大切にする精神は基本だと思っています。ただ、スポーツ界において、ボールをはじめ、使い込んだ道具をまた同じものにリサイクルする事例はまだ少ないのが現状です。

T-YASUDA企画リアルトレーナーズ代表の保田貴史さん。
京都出身、現在は横浜市青葉区若草台在住。元読売巨人軍、内海哲也選手の専属トレーナーを務める。現在、トレーナー事業、中高生のスポーツ指導、ジュニア運動スクール、講師活動など幅広く活躍中。

中高生の野球チームを指導するなかで、保田さんがふと気になったこと。それは学校の倉庫で山積みになった傷んだボールの行き先だったそう。

保田さん:ボールは試合用であれば1球1000円以上する高価なものなので、本当にボロボロになるまで使いますが、やはり最後は廃棄するしかない。硬式野球ボールは、中にゴムの芯が入っているため、燃えるゴミではなく、有償の産業廃棄物として廃棄する必要があります。ところが、限られた活動費のなかでは、廃棄よりも新球の購入を優先せざるを得ない事情があります。こうして廃棄ボールが倉庫に溜まっていくんです。昔は保管場所に困った末に、土に埋めてしまうということもあったようです。

保田さんはトレーナーの視点から、劣化したボールで練習することにも課題を感じていたそう。

保田さん:長く使ったボールは重かったり、重心が変わっていたりするため、選手の肩や肘などに余計な負担がかかってしまいます。トレーナーとして選手の身体をメンテナンスする上でも、状態の良くないボールで練習を行うのは望ましくないと思っていました。

これに加えて、保田さんの道具に対する姿勢がリサイクルボールの普及活動へとつながっていきます。

保田さん:小さい頃は新しいユニフォームじゃないと恥ずかしいと思っていました。でも、うちのおばあちゃんは「もったいない。破れても縫うたら着れるやろ」と言って繕ってくれるんです(笑)
おかげで「もったいない」を意識する習慣が身につきました。リサイクルボールの発想も、そうした素地があったからだと思います。

道具を最後まで使う知恵と工夫、さらにその先をつくるためのリサイクルを提案したいと保田さん。

野球において道具を大切にする「もったいない」の心を後世まで伝え、道具が循環する環境になれば、スポーツ界にもリサイクル文化が根付くのではないか。
そんな想いから、保田さんは2024年に仲間とともに「後支援(こうしえん)プロジェクト」を立ち上げ、リサイクルボールの普及に向けて本格的な挑戦を始めました。

保田さん:リサイクルボールを構想し始めたのと同時期に、父が定年退職になり新しい仕事を探していました。父も野球が大好きなので、父の仕事にもつながればとリサイクルボールのことを徹底的に調べたんです。

しかし、ボールを製造している工場や、他の革製品を扱う工場などで話を聞くうちに、個人で硬式野球ボールの再生を手掛けるのはとても難しいことが分かったと保田さんは振り返ります。

保田さん:あらゆるところにコンタクトをとっても取り合ってはもらえませんでした。諦めかけていた頃、インターネットで見つけた大和市にある老舗野球道具店の社長だけがコンタクトに応じてくれたんです。リサイクルボールをつくりたい、父の仕事にもつなげたいと正直に伝えると、会っていただけることに。そして、野球ボールを縫うことがどれほど難しく、またリサイクルボールをつくるには一球一球を手縫いする職人の技術が不可欠だと教わりました。そのうえで、こちらの熱意を汲んでくださり、野球ボールの再生を手がけている作業所や、プロ野球選手のボールを作っている職人さんを紹介していただきました。

費用に縛られない、持続可能なスポーツ環境の実現に向けて

2024年、山形県の作業所と提携し、リサイクルボールの取組が本格的にスタートしました。品質を高めるため、新球を縫い合わせる技術を有した職人が現地を訪れ、直接その技術を伝授。使用する革は試合用のボールと同レベルの高品質なものを採用し、さらに耐久性を重視した人工皮革でのリサイクルボールの製造にも取り組みはじめています。

ただリサイクルするのではなく、より高品質なボールに再生する。そこにこだわる理由を保田さんはこう話します。

保田さん:リサイクルボールが不足なく使える商品だと指導者や選手に認識してもらうことが、この取組を広める重要な要素であり、課題だと思っています。そのために品質の保持管理を徹底する必要がありました。

選手にボールの感触を伺うと、リサイクルボールを使っているという感覚はまったくないほど馴染んでいるそう。

保田さん:僕たちは、団体(チーム)からお預かりしたボールは、他のものと混ぜこぜすることなく、そのものをリサイクルしてお返しすることにこだわっています。ボールは製品によって品質が異なり、その差は再生後でも変わらないからです。例えば、あるチームはもともと品質の高いボールを使用していて、あるチームは品質の低いボールを使用しているとします。そのふたつを一緒くたにリサイクルして分配してしまうと、これまで品質の高いボールを使用していたチームに品質の低いボールが渡って「リサイクルボールは品質が低い」という印象を与えてしまうことも起きかねないんです。こうしたことが発生しないよう、ボールの再生は保管にまで気を使い、仕上がりも新品同等、もしくはそれ以上のクオリティを目標にしています。

STYLE100チームも革と人工皮革のリサイクルボールの感触を体験。通常、人工皮革のボールは本革のボールに比べて表面に凹凸が少なく滑るような感覚だといいますが、素人の手ではその違いも感じないほどです。

そして、スポーツ環境をより持続可能なものにしていくためにも、リサイクルボールの活用は意味があると保田さんは続けます。

保田さん:現在、練習用として販売されているボールは安くて1球600円ほどです。対して、私たちのリサイクルボールは1球550円。リサイクルボールの方が多少は安価ですが、やはり新球を買った方がいいというご意見をいただくこともあります。ただ、練習球は、公式戦で使う高価なボールと比べて品質が劣り、特性も異なります。そして我々のリサイクルボールはその試合球と同等のクオリティを備えています。費用負担をいたずらに増やすことなく、日常の練習から試合球と同じ感触でプレーできれば、技術向上にもつながりますし、ひいてはスポーツ環境の持続可能性にも貢献できると考えています。

昨年1年間でリサイクルボールの取組には10組ほどの個人や団体が賛同。廃棄されるはずだったおよそ2000球が新たなボールに再生されました。

今年から野球道具の持続可能性に寄与するもうひとつのプロジェクトも始動。野球グローブを製作する過程で出たハギレ革を利用し、子ども用のオーダーメイドグローブを受注生産する予定だそう。

スポーツ界に新しいリサイクルの文化を広めたい

一野球人として、一人間として、後世までものを大事にする「もったいない」を伝えたい。そんな想いからスタートした保田さんのリサイクルボールの普及への挑戦。

「まだまだはじまったばかり、でもやると決めたらやる、それが私のスタイルなんです」

そんな保田さんの挑戦にいち早く手を挙げて答えたのが、日本野球連盟、神奈川県野球協会所属の野球チーム、「京浜野球倶楽部」です。実際にボールを使ってみて感じたことを伺いました。

京浜野球倶楽部の野口さん(左)、込宮さん(真ん中)、前田さん(右)。

込宮さん:古いボールをただ廃棄するのではなく、活用できる方法はないか模索していたときに、保田さんからリサイクルボールのお話しを聞き、可能性を感じました。新しいボールを使うことの嬉しさに加えて、リサイクルされたボールであることの心理的な気持ち良さも感じます。

前田さん:スポーツ人口が減少している背景のひとつに、道具の価格高騰があります。やりたい気持ちはあっても資金面で続けることが難しい人も少なくありません。だからこそ、安価に上質な道具が購入できるようになるリサイクルの取組は、スポーツを続けたい人たちにとって大きな支えになると感じました。

野口さん:野球に限らず、激励の意味をこめて道具を後進へ引き継ぐ文化は、大きな資金源がなくても野球を続けていける環境づくりにもつながると思います。そして、これがスポーツのスタンダードになることを期待しています。

学生から社会人まで約30人が所属する京浜野球倶楽部。1997年、硬式クラブチームとして発足。以来、神奈川だけでなく全国各地の出身者が集まり、全日本クラブ選手権出場を目標に、強く明るいチームを目指して日々励んでいます。

最後に保田さんがこんなことを語ってくれました。

保田さん:人間が作ったものは壊れても必ず作り直せると思うんです。ボールだけではなく、バットも、グローブも、人の手で作られたものなので、安易に廃棄せず、再生して活かす方法があるはずです。
ただ、スポーツの分野では、道具をリサイクルして使うという意識が十分に根付いていないと感じます。スポーツは子どもからはじまり、年齢が上がっていくほど技術を問われる世界ですが、「道具を大切にする」という精神は全員が共通すべきこと。まず大人が手本を示し、子どもたちに伝えていくことが大切だと思います。
地球環境のことを考えても、廃棄するボールが資源として活用される時代はいつかやってくるでしょう。「一球を大事に」とよく言われますが、消費して終わるのではなく、道具の未来を見据えていくことが、これからのスポーツの在り方だと思います。

リサイクルボールがスタンダードになる未来への挑戦は続きます。
スポーツを、より心地良く楽しめるようにする「地球にやさしい」リサイクルボールは、持続可能であることが求められる現代の社会の流れを反映した取組でもあります。野球以外のスポーツをたしなむ人にも多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

【情報】
後支援プロジェクト〜KOSHIEN〜リサイクルボールの詳細と問い合わせ
・1球550円税込 送料別
・1ダースから受付可能
・納期 約3ヶ月
お問い合わせ先
インスタのDMもしくはT-YASUDA企画
保田貴史
090-9057-0545まで
T-YASUDA企画 リアルトレーナーズ https://www.instagram.com/t.yasudaplan/

取材させていただいたのは...

T-YASUDA企画リアルトレーナーズ代表・保田貴史さんさん

STYLE実践のヒント

「どんな道具でも“もったいない”の視点で見てみると、自分にもできることが見えてきます。人の手で作りだされたものならば、人の手で直し、活かすことができるはずです。 リサイクルボールのような取組が、野球以外の競技にも広がれば、道具にかかる費用の負担が減り、スポーツを楽しむ人がもっと増えるはず。そしてスポーツに関わる人の数だけリサイクルの取組がさらに広がっていくはずです。そんな未来を一緒に作っていきたいですね」(保田貴史さん)

STYLE100編集部

横浜って面白い!地球にやさしいスタイルをInstagramで続々公開中 外部サイトへリンクします

横浜市で活動されているあなたのSTYLEを募集しています

STYLE100トップ