公園を”自分たちの園”にしよう!

生物多様性

日本は国土の約3分の2を森林が占める、世界有数の森林大国です。かつて人々は、森里川海の恵みを衣食住に活かし、知恵と工夫で資源を循環させながら独自の風土を築いてきました。
しかし現代、とくに都市部の暮らしでは、自然との距離は決して近くはありません。横浜市栄区に拠点を置く石井造園株式会社は、この希薄になりつつある人と自然の関係性を取り戻すために、さまざまな活動を続けています。その取り組みの背景や根底にある想いを伺いました。

パブリックな自然をもっと身近に

2025年11月、横浜市栄区にある 「UCHISOTO CAFE(ウチソトカフェ)」 を拠点に、隣接する笠間中央公園の 樹名板の点検・新規制作ワークショップ が開催されました。主催は、庭づくりや緑地管理を専門とする地元企業・石井造園で、ウチソトカフェは飲食スペースのほか、ワークショップや地域交流を行う拠点としても活用されています。

石井造園株式会社 代表取締役の石井直樹さん。

石井さん:ここはウチ(暮らし)とソト(みどり)をつなぐ場所です。地域の人たちと一緒に手を動かしながら庭の整備などを行っています。例えば芝生は芝張りイベントを開き、子どもたちや保護者と一緒に作りました。

関わりが生まれることで、ただの「カフェの庭」だった場所が「自分たちの庭」へと変化していきます。雑草を子どもたちが自然に抜いてくれたり、庭の柿の木の実ひとつひとつに名前を付けて成長を楽しみに見守ったりするようになったといいます。

今回の樹名板づくりも、公園を“自分事”として感じてほしい という想いから始まりました。

2024年5月にオープンした「UCHISOTO CAFE(ウチソトカフェ)」。コーヒーや軽食が楽しめるカフェのほか、ワークショップスペースやオフィスも併設されています。

開催前の挨拶の様子。造園のプロフェッショナルが行うイベントらしく、参加者には園内の樹木の位置を記した詳細な地図が配布されました。

石井さん:「公園」という言葉は、“公の園”と書きます。地域のみんなで楽しむ場所であり、そのために公共のルールやマナーが存在します。でも、今回の樹名板づくりのような取組を通じて、公園を“自分たちの園”として感じてもらえたら、この場所の価値や使い方はもっと広がるのではないかと思いました。自分の手で樹名板を付けた木には愛着が湧きます。その木の変化を見るために四季を通じて公園を訪れるようになるかもしれません。そうして関心を向け続けると、自然から多くの気づきや学びが得られます。公園の自分事化は公園という資源の活用につながっていくと思うんです。

公園の木々から学ぶ自然の営み

この日、参加者は笠間中央公園を歩きながら、昨年のワークショップで制作した樹名板を点検して回りました。石井さんが園内の樹木について詳しく解説してくれ、ちょっとしたネイチャーウォッチのような雰囲気です。

公園のあらゆる植物に精通する石井さんは、歩きながら次々と知識を披露していきます。その軽妙な語り口はまるで噺家のようで、参加者の心をぐっと惹きつけていました。

こちらはサルスベリの枝を揺すり、種子がどのように舞い落ちるかを説明しているところ。

幹に穴が開いているのを発見した石井さん。少し力を加えただけで幹はあっさり折れてしまいました。空洞化した内部を見て石井さんは「これはたぶん『シロスジカミキリ』という大型のカミキリムシの幼虫だね」と説明。

2024年10月に開催されたワークショップで製作された樹名板。今回のワークショップでは劣化によって名前が読み取れなくなったものを新たに製作し直しました。

こちらは落ちていたカリンの実。「車の中にひとつ置いておくと甘い香りが広がりますよ」と石井さん。

「ドングリは木になっているうちは虫に食われないんだけど、木から落ちるとすぐに虫に食べられちゃうんだよ」
「これは韓国の国花であるムクゲですが、じつは風や鳥によって運ばれた種から自生した『実生木(みしょうぼく)』です。それに対して人が植えた木のことは『植栽木(しょくさいぼく)』と言います。過酷な環境を生き抜いた実生木はとにかく生命力が強いのが特徴です。無数に散らばる種の中でも過酷な自然環境を生き抜いて大きく成長できるのはほんの一握りなので、それも当然ですね」
石井さんの話は子どもだけではなく、大人にとってもたくさんの学びがあります。

カフェに戻って新たな樹名板の製作。15㎜ほどの厚さにカットした伐採材に科目と樹名を自由にデザインします。

今回のワークショップでは計3枚の樹名板を製作しました。

ワークショップには近隣の大学生も参加。「石井社長の植物の話がとても面白く、普段も利用している公園がまったく違う場所のように感じました。樹名板をつくることで、木への愛着も湧きますね」と笑顔で話してくれました。

これまでにも様々なワークショップに参加しているという兄弟。保護者の方に聞くと、「普段から利用している公園の木々について学べるのはありがたいです。ここで石井社長から教えてもらった知識を、家でも友達にも嬉しそうに話していて、しっかり身についていると感じています」と話してくれました。

2024年10月に開催された樹名板づくりワークショップは社会参加活動の一環として地元の小学生と少年補導員の方が参加しました。今回のワークショップにも参加した少年補導員の方は「私たちは少年の非行防止と健全な育成のために活動しています。地元の公園整備に関わることは『地域を知る』きっかけになり、より地元を好きになってもらえると感じています」と話してくれました。

地域に最適化した地球にやさしい暮らしの実現

約4年前、石井造園は青少年に向けて優れた体験活動を行う企業として、文部科学省「青少年の体験活動推進企業表彰」に選ばれました。横浜市内のナラ枯れに関する情報収集のための親子イベント、小学校の課外授業での観察会などが評価され、ファンケルやファーストリテイリングと並んで優秀賞を獲得しています。社員15名の中小企業でありながら、大企業に引けを取らない熱量でCSRに取り組む理由について、石井さんはこう話します。

石井さんの背後にあるウッドデッキもお客さんと協力して作ったもの。取材中も老若男女問わず、様々なお客さんが来店し、石井さんと世間話を交わしていました。

石井さん:私は石井造園の社長としては二代目なんですけど、この地域に根を下ろす石井家としては12代目になるんです。子どもの頃から「うちはこの町に家が24軒しかない頃から暮らしていた」と言われながら育ってきたので、地域に恩返しするのは当然という潜在意識がありました。また、20代から40歳まで横浜青年会議所(JCI)で、地域のための街づくりや、人づくりを学んだ経験も現在の石井造園の在り方につながる大きなきっかけだったと思います。

石井造園は、約18年前から排出したCO₂量をホームページで公表するなど、環境配慮の取り組みを積極的に進めてきました。また、2007年から現在までイベント会場などで苗木の無料配布を行っているほか、2025年には、社屋屋上の太陽光パネルを増設し、事業所の電力をすべて自家発電でまかなえるようになったといいます。2016年にはアメリカのNPOによる社会・環境配慮企業の「B Corp(ビーコープ)」認証制度を取得。これは国内企業で2番目の取得だったそうです。

石井造園ではみどりを慈しむ心を育むことを目的として、神奈川県内各地で苗木の無償配布を行っている。配布数は年間2500本近くにもなるそう。

石井さん:今アイデアとして考えてるのは、例えば石井造園がお客様の庭に植えた木でどれだけの量の炭素固定ができているかを数値化することです。いまのところ明確な形で証明する仕組みはないんです。これを実現して「この木を植えたことでこれだけのカーボンオフセットができますよ」とお伝えできたらいいですよね。

樹名板は通常なら廃棄される伐採材を原料にしています。石井造園では伐採材を廃棄物ではなく、CO₂を固定した貴重な資源と捉え、薪として販売したり、地域作業所で木製コースターに加工して販売しています。

伐採材を15㎜ほどの厚さにカットし、地域作業所で木目がきれいに見えるよう研磨されたコースター。自分の作ったものが社会に評価される喜びを感じてもらえたのが嬉しいと石井さん。

石井さん:私たちは地域作業所へ研磨機械を提供し、社員が技術指導も行っています。質の高い製品を効率良く製造し、働く方々が適正な工賃を得て納税者として社会参加できる環境を整えることが大事だと考えているからです。先日、ある作業所の利用者さんが「自分の磨いたコースターが店頭に並んでいるのを見たくてお店へ出かけ、思わず自分で買って帰ってきた」と話してくれたんです。一般的なボールペンの組み立てなどに比べると、自分の作品的な面があるので嬉しかったのでしょうね。私も、利用者さんが社会とのつながりを実感できる機会を創出できてすごく嬉しかったです。

公園が”自分たちの園”になって変わること

ウチソトカフェのオープンから約1年半が経ち、地域の様々な人が訪れる交流拠点として根付き、自然の中で成長していく子どもたちの姿を目にする機会も増えたといいます。

石井さん:常連に、いつもお父さんの後ろに隠れている内気なお子さんがいたんです。あるときその子が虫捕り網で初めてバッタを捕まえたらしく、私に見せにきたんですね。私が『凄いね』なんて褒めると翌日には蝶を捕まえて見せにきてね。その翌週はトンボを捕まえたと私に見せにくる訳ですよ。ここに来たことで自然への関心が高まり、虫を捕まえたら誰かに自慢したくなり、それが褒められたことによってまた自然の中で遊ぶという連鎖で、すごく逞しくなりました。公園の自然はそういうきっかけを与えてくれる場所だと思います。

地域との結びつきを深めながら、樹名板づくりをはじめとした自然と触れ合う機会を提供し、地球にやさしい暮らしへとつなげていく。

石井造園の公園を”自分たちの園”にするという取組には、多くの示唆が込められていました。その先に描く未来について、石井さんは熱く語ります。

石井さん:SDGsは世界共通の目標ですが、地域によって最適解は異なります。だから今後は地域独自の価値観や文化を取り入れた「地域スタンダード」が大事になってくるんじゃないかと感じています。日本独自の「和して同ぜず」や「八百万の神」的な価値観に基づきながら、海と緑が調和した横浜ならではの暮らしを再構築できたらいいですね。

どれほど工業化が進んだ社会であっても、私たちの暮らしの原点が自然にあることは変わりません。まずは公園などの身近な自然に目を向け、それを“自分の園”と感じることから。きっと多くの学びと気づきを与えてくれるはずです。

【情報】
石井造園:https://www.ishii-zouen.co.jp/
ウチソトカフェ:https://uchisotocafe.com/

取材させていただいたのは...

STYLE実践のヒント

最近、若い世代の方と話していると、意外と「花瓶を持っていない」という人が多いんです。でも、ひとつ花瓶を持つだけで、花に関心が向き、暮らしの中に自然を迎え入れるきっかけになります。人に花を贈る文化も、そこから自然と生まれてくるのだと思います。以前、家庭で不要になった花瓶を寄付してもらい、資源循環をテーマに花瓶付きの生け花教室を開催したこともあります。(石井直樹さん)

STYLE100編集部

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