こどもたちを主役に “未来の授業”を作ろう
再使用エネルギー 循環型経済

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お家で揚げ物をしたときの使い終わった油を燃料に、飛行機が空を飛ぶ。そんな未来の暮らしが実現し始めています。
家庭などで発生する廃食用油を活用して製造される持続可能な航空燃料『SAF』(Sustainable Aviation Fuel)について、耳にしたことはあるでしょうか。脱炭素社会の実現に向けて、このSAFの利用や普及を目指すプロジェクト『Fry to Fly Project』が、神奈川県横浜市西区に本社を置く日揮ホールディングス株式会社(日揮HD)のもとでスタートしています。
そのプロジェクトに参加している企業の一つが、横浜銀行です。地域社会のサステナビリティの取り組みを深めるために、神奈川県内の市町村が参加して情報交換などを行う『地域脱炭素プラットフォーム』を設立・運営し、SDGsに注力しています。脱炭素社会のために地域住民の参画が不可欠だと考えた横浜銀行は、このSAFを題材に、環境意識の高いこどもに着目し、こども自らが課題解決に取り組む探求型学習の『はまぎん環境教育プログラム』を開発しました。
そして2023年、横浜市立西前小学校の5年1組で導入されました。SAFを小学校教育で扱うのは、日本でも初めてのこと。このモデルケースを発端に、こどもたちと大人が一緒になって創り出す、サステナブルな未来を学びながら考える実践学習が、さらなる広がりを見せようとしています。
こどもたちはどのようなことに取り組み、どんなふうに成長したのか。それを見た大人たちは、何を感じたのか。当時のクラスメイトだった小学生3人と担任の家城先生、横浜銀行の金井さんと平野さんにお話をお聞きしました。
未来を生きるこどもたちに、持続可能な未来を考えるきっかけを。
そもそも、SAFを小学校で学ぶというアイデアはどうやって生み出されたのでしょうか。『はまぎん環境教育プログラム』の開発に至った背景について、横浜銀行 地域戦略統括部 地域戦略・SDGs推進グループの金井雄介さんはこう話します。
金井さん:地域脱炭素プラットフォームを運営する中で、複数の自治体様から共通の課題として、市民の脱炭素意識の向上策に関するご相談が寄せられました。その課題解決に向けた検討の結果、教育機関と連携し、次世代を担う児童・生徒への働きかけを通じて、家庭、地域社会へと波及させるボトムアップ型のアプローチが有効ではないかという発案に至ったのです。そこで、学校教育の現場における脱炭素推進の仕組み構築を目的として、このプロジェクトを開始いたしました。
脱炭素を考える題材としてSAFを選んだ理由は、誰にとっても身近なものだから、とも話しました。
金井さん:プロジェクト開始にあたり、持続可能な活動とするためには、身近なテーマを選定することが重要であると考えました。そこで、身近な脱炭素につながるものについて議論している中で、同じ横浜で事業をされている日揮HDのプロジェクト『Fry to Fly Project』の活動を知って、これを題材にやってみようとなりました。地域全体で資源となる廃食用油を収集し、脱炭素に繋げていくことができないかと考えたのです。教材には横浜銀行の金融教育教材開発のノウハウを活用し、児童向けにSAFをわかりやすく解説する独自の『はまぎん環境教育プログラム』を開発いたしました。

横浜銀行 地域戦略統括部 地域戦略・SDGs推進グループに横浜市から出向している平野さん(左)と、副グループ長の金井さん(右)
そして、実施の第1号となったのが西前小学校の5年1組です。舞台となったのは、課題解決や探究的な活動を軸にする『総合』の授業。西前小では独自のやり方として、こどもたちの課題意識を起点に、授業のテーマをクラス単位で決めています。
「何がしたい?」からはじめる授業。こどもたちが選んだ『SAF』というテーマ。
実は校長先生から「この先生に任せたい」と託されていた家城直柔先生は、こどもたちがSAFに興味をもったきっかけをこう振り返ります。
家城先生:西前小では高学年が授業で環境に関するテーマを扱って、ずっと校内で広め続けていることもあって、1年生のうちから「高学年になったらそういうことをやるんだな」という意識が生まれているように思います。とはいえ、今回の件でお話をいただいたとき、やはりこどもたちが自分たちで決めないとやる気には繋がらないため、5年1組でも最初からこれをやるよとは言わずに、「何がしたい?」とこどもたちに問いかけるところから始めました。
そうして数多く出てきたのが、環境の話題だったといいます。
家城先生:いろいろな意見が出る中で、やはりみんな環境のことについてやりたいと、20〜30個ほどの案が出ました。そこでSAFのこともそれとなく紹介して、「気になったものをゴールデンウィーク明けまでに調べてきてね」と言ったのですが、当時は1人しか調べてきませんでした。でも、その子がSAFを調べてみんなでやってみたいと言ってくれたので、校長先生に「うちのクラスでやります」と伝えて授業が始まったのです。その子はチラシや名刺もたくさん作ってくれて、大活躍していました。

児童が作ったチラシを手に笑顔を見せる家城先生
商店街など、地域にも広がり、表彰される活動に。
授業で触れるまでは、SAFのことを「全然知らなかった」というこどもたち。廃食用油で飛行機が飛ぶと初めて聞いたときを振り返って「えっ、ほんとに?って思った」と素直に話しました。

5年1組でSAFを学んだこどもたち
まずはSAFについて調べようと思ったものの、すぐに出てきた情報は難しい用語や化学式ばかりで「あんまりよくわからなかった」という駆け出しに。そこで、こどもたちが学びたいと思ってくれる“学び”を作りたい大人たちの奔走が始まります。
『Fry to Fly Project』を主催する日揮HDからは、プロジェクトを推進するサステナビリティ協創ユニットの西村勇毅さんが、出張授業で西前小に何回も足を運びました。西村さんのお話は「めっちゃわかりやすかった!」とこどもたちは懐かしみます。
日揮HDがパートナリングを実施して立ち上げた、SAFを製造するための合同会社SAFFAIRE SKY ENERGYの一員である株式会社レボインターナショナルは、西前小の理科室でバイオ燃料化の化学実験を行いました。「廃食用油に科学物質を反応させるとバイオ燃料へのリサイクルになる」とこどもたちが詳しく話す様子から、実験を通してバイオ燃料の理解を深めたことが伝わりました。
他にもJALの方々に協力してもらうなど、総合学習の時間を通じて5年1組の生徒たちはSAFを学んでいきました。まさに、こどもの“学びたい”から始まり、こどもたちの好奇心と大人の熱意で0から作った『SAF』の実践学習プログラムだといえます。

SAFについて調べたことを校内でも掲示
SAFを作るためには、その材料となる油を集めることも欠かせません。こどもたちはクラスで意見を出し合い、校内や家庭、地域の商店街など、さまざまな場所で油を集める活動も始めました。ポスターを貼る、チラシを手で配る、校内で動画を流すなど、あらゆる方法で宣伝したといいます。お家で揚げ物の油を集めようとしたときは、親に「えっ!一体どんなことをするの?」と驚かれたという思い出も。
転機となったのは、地域への周知と油回収の機会となる『西区民まつり』の数日前、市役所でSAFについての取り組みを発表したときのことです。
家城先生:横浜市政策経営局共創推進課からの呼びかけで、横浜市役所に同じ西前小の6年生や他校の小学生が一緒に集まり、自分たちの活動を発表し合う機会がありました。その頃にはポスターやチラシなども用意していたのですが、6年生や他校の発表を見たこどもたちから、自分たちはまだ全然足りないねって話が出てきたんです。宣伝物も足りないし、説明も足りない。もっと準備しなきゃまずい、このままじゃ西区民まつりは大変なことになる、なんてことも言ってました。
5年生だったこどもたちにとって、この衝撃は相当なものだったと家城先生は当時を思い出します。
家城先生:市役所から帰ってきて、ゆっくりすればいいのになと思っていたのですが、こどもたちは5時間目も6時間目もずっと資料作りをしたり、「旗も必要だよね」と新しい宣伝物を作ったりと、一気に火がついて。
それからの活動はさらに勢いが加速し、はじめは校内で集め始めた油の量は、徐々に増えていきました。
家城先生:西区民まつりを経て、その後も何度かお問い合わせいただいたり、中学生が油を持ってきてくれたりしたんです。宣伝の効果を感じられて特に嬉しかったのは、今年の夏休みに西前小で開催された『ふれあい祭り』のとき。そのイベントで油を集めること自体はあまり宣伝できていなかったのに、それでもかなり多くの人たちが油を持ってきてくれました。
こどもたちのやる気や姿勢もどんどん前のめりに。たまたま西前小に見学で来ていた横浜市長に「私たちに発表の場をください!」と直談判した、という驚きのエピソードもありました。

授業で使用していたタブレット
活動はさらに拡大し、学校や企業、自治体、NPOなどが、脱炭素を目的とした活動について発表する全国大会『脱炭素チャレンジカップ2024』にも挑戦。西前小はジュニア・キッズ部門『最優秀やさしさでささえる賞』に、選出・表彰され、こどもたちは達成感に喜びました。
家城先生:今ではこどもたちの保護者さんも、油、と言うだけで「ああ、あの活動ね」と話が通じるくらい、SAFが浸透していったことを実感しています。
こどもたちのアクションで周りの大人たちが動き出し、地域で脱炭素意識が高まっていったことに、プロジェクトを立ち上げから支えてきた金井さんは感慨深げに話しました。
金井さん:授業の最終発表会では、司会進行を担当いたしました。陰ながらずっと見守ってきたこどもたちが堂々と発表をする姿を見て、プログラム開始時と比較して見違えるように成長していたことに驚きました。会場からの反応も良く、SAFに関する理解が地域社会に浸透していることを実感いたしました。
こどもの好奇心から大人を巻き込み、地域や社会に“地球に優しい未来の暮らし”を広げよう。
5年生だったこどもたちも今は6年生、この春には卒業して中学校へと進みます。SAFに取り組んだ時間を今振り返っての思いを聞いてみると、「あっという間だった」「大変だったけど楽しかった」と、頼もしくすがすがしい笑顔を見せます。「こんなに話が大きくなるとは思ってなかった。いろんな人たちを巻き込んだ」と率直な驚きも伝えてくれました。

5年1組でしたことを振り返るこどもたち
クラスが分かれた今も、それぞれの環境に対する意識は高まり続けています。6年生の総合の授業ではフードロス問題に取り組んだり、廃棄プラスチックの再生にチャレンジしたり。校内の委員会で環境に関わる活動のリーダーを務めた、という声も。「環境のことについて、大人になっても取り組みたい」と、こどもたちはまっすぐに語りました。

「環境に関わる仕事にも就いてみたい」との思いも語ってくれました
市民の脱炭素意識を向上させたい、という自治体の課題から始まったプロジェクトが一つの区切りを迎え、さらに次へつながっていくことに金井さんは期待を寄せます。
金井さん:『はまぎん環境教育プログラム』は、こどもたちが6年生になった今も引き続き環境に関することをやってみたいという意欲に繋がり、西前小の先生方からご相談を受けて、継続的にサポートしています。本人たちはもちろん、その周りにいる親や兄弟、地域でも環境意識が高まり、SAF普及に限らないサステナビリティ意識向上に貢献している手応えを感じます。

6年3組では、集めた廃棄プラスチックを再生したカトラリー作りに挑戦
そして、『はまぎん環境教育プログラム』はさらに多くの小学校へ。実際に横浜市内の他の小学校や、同じ神奈川県内の厚木市でも導入が始まっています。
平野さん:西前小の実践で得られたフィードバックを反映し、教材の改良を行いました。改良版の教材は、先生がすぐに活用できるように構成されており、導入支援も実施いたします。また、より多くの小学校で取り組みを促進するために、無償で提供しています。
最後に、横浜銀行が目指す未来のビジョンについて、金井さんはこのように話しました。
金井さん:横浜銀行は横浜市と、新たなグリーン社会の実現に向けた『GREEN×EXPO 2027への参画及び機運醸成の促進』に関する連携協定を締結しています。今後も脱炭素社会を目指す取り組みを地域に広め、GREEN×EXPO 2027を盛り上げてまいります。
こどもたちの好奇心から学びをつくり、地域全体で資源を循環させ、持続可能な社会のあり方を広めていく。こどもたちの成長は、大人たちの意識にも変化をもたらします。今こそ学校現場から地域社会のサステナビリティ意識を高め、未来への一歩を踏み出してみませんか。
【情報】あなたの小学校でも『はまぎん環境教育プログラム』を取り入れてみませんか?
横浜銀行が提供する『はまぎん環境教育プログラム』は、横浜市内をはじめ、神奈川県内のさまざまな小学校で導入を進めています。
ご興味のある方は下記の宛先までお問い合わせください。
横浜銀行 地域戦略統括部 地域戦略・SDGs推進グループ
chiiki@hamagin.co.jp