横浜の都市農業を世界にひろげよう!

循環型経済

横浜の都市農業を世界にひろげよう!

世界各国から農業関係者が学びに訪れる、生産者と消費者が近い“横浜の農業”とは?

海や都会のイメージがある横浜ですが、「農業」も盛んにおこなわれていることを知っていますか?実は、多くの人々が行き交う都市と農業が共存する“都市農業”の先進地として、注目を集めているのです。

現在、横浜には3,056戸(2020年 農林業センサス)を超える農家のみなさんがおり、2,723ヘクタール(令和6年固定資産概要調書 令和6年1月)の農地があります。そのうち93%が畑で、多くの農家が野菜を中心に果樹や花などを栽培。ほかにも、数は少ないですが水田や、豚や鶏などの畜産物まで幅広く生産されています。
「横浜の農業」の大きな特徴は、生産者と消費者の距離が近いこと。住宅地や観光地のすぐそばに農地が存在するために、畑から食卓までがとても近いのです。横浜で採れた農作物を使用した「地産地消」に取り組む飲食店やホテルも多くあります。
今回、横浜の都市農業から学びを得ようと、独立行政法人国際協力機構(以下、「JICA」)が実施するSHEP  ※1  研修プログラムで南アフリカの農業省や各州・県で農家の営農支援に携わる行政官の方々が来日。SHEPプログラムを通じて横浜の農業のどんな部分に光を当てているのか、世界から見た横浜の農業スタイルについて取材しました。

松本さんと南アの皆さんの集合写真

※1  SHEPとは?  Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion
SHEP(市場志向型農業振興)アプローチ は、2006年から始まったケニア農業省とJICAの技術協力プロジェクトにおいて開発された小規模園芸農家支援の農業普及アプローチであり、野菜や果物を生産する農家に対し、「作ってから売り先を探す」から「売れるものを作る」への意識変革を起こし、営農スキルや栽培スキル向上によって農家の園芸所得向上を目指すものです。それまでの農家の仕事スタイルは「作ってから売り先を探す」というもの。しかし、売れるかわからないまま生産しても販売にはつながらないことや、需要に見合った供給物や量を生産できないこともありました。そのため、SHEPアプローチは農家自身が営農状況の把握や市場調査のスキルを身につけて、「売れるものを作る」という意識に変革させていくことで収益を上げていくよう支援するもので、現在世界約60ヵ国(2024年12月現在)で実施されています。
SHEPアプローチについてご関心のある方はJICAのホームページを覗いてみてください!
SHEP(市場志向型農業振興)アプローチ | 事業について – JICA

横浜の“生産者と買い手の関係性”を未来のヒントに!

各地で研修がおこなわれ、それぞれの特徴から学びを得るSHEP研修プログラム。今回、横浜の農業を学んでもらう上では、やはり“都市農業”であることに焦点が当たりました。

横浜は小規模農家が多く、作れる範囲のものを飲食店との取引、直売所やマルシェなどの販路に乗せて地産地消につなげています。これは人口が多く大きな消費地である都市だからこその強みです。アフリカや中南米では、農産物が買い叩かれて農家のステータスが低い地域も多く、そういった小規模農家の新しい仕事の仕方として参考になるのではと考えられています。横浜市としても、2014年度に「横浜都市農業推進プラン」を策定し、活力ある都市農業の展開を目指しています。持続可能な農業のために農家を支援するほか、新規参入者も積極的に受け入れ、市が農地の確保支援や研修会を開催するなどのサポートを続けています。
今回のSHEP研修プログラム実施にあたり、そういった横浜ならではの農業の良さを伝えたいと、JICA経済開発部農業・農村開発第一グループ第三チームのアソシエイト専門員、伊藤淳一さんは語ります。

「横浜の農業のなかでも、農家さんと市場関係者の信頼ある関係性がどのように構築・維持されているかを学んでほしいと思います。生産者と買い手(市場関係者)は利益を取り合う敵対関係ではなく、地元のおいしい野菜を消費者に届けるという共通の思いのもと、お互いにとってWin-Winとなるような情報を交換し、それぞれ経営を維持・拡大している。そういった市場関係者間のマインドや関係性を自国で促進するために、行政官としてどうすればいいのか、という視点を持ってもらえたら」(伊藤さん)

- 今回の研修では横浜市中央卸売市場にも訪問。市場としての機能や、仲卸の機能など、さまざまな情報を実際に足を運んで学ぶことができるのがSHEPプログラムの特徴です。

買い手(直売所)の視点で、横浜の農業を見る

SHEP研修プログラムでは座学で横浜の農業事例を学び、自国の農業についてディスカッションを重ねます。この日は、視察として横浜の各所をめぐるバスツアーです。

朝10時、一行は仲町台駅から車で数分のところにある「ハマッ子直売所・メルカートきた店(以下、メルカートきた)」へ。JA横浜が運営し、年間で20万人が訪れる人気の直売所です。最初に、店長の井上慎也さんから説明を受けます。メルカートきたには、現在300人以上の出荷者が登録しており、それぞれ採れたての野菜を自ら納品。少量多品目を育てる農家が多いため、直売所としても種類が豊富に揃うのはありがたいと話します。

「メルカートきたは、横浜市が都市農業の確立のために設定した農業専用地区のなかにあります。こういった場所に直売所があることで、新鮮な地場の野菜をすぐに持ってきてもらえるのがありがたいですね。出荷者さんたちに『この野菜を持ってきてくれないか』とお願いできる関係性なのも嬉しいです」(井上さん)

各農家には定期的に売上データが送られるため、随時追加で納品する農家もいるそうです。今年度からは規格表を使用し、出荷物の大きさや参考価格などの統一をはかっているとのこと。そのほか、出荷者向けに月に数回、生産資材のメーカーを招いて講習会を案内もしているとの説明に、研修員が真剣にメモや動画を取る姿がありました。

また、タイミングよくやってきた出荷者の搬入の様子を見学する場面もあり、研修員からは「出荷者とJAのあいだで値付けの交渉はあるのか?」「割引はどのくらいまでOK?」「支払期間や手数料は?」など、いくつもの具体的な質問が飛び交いました。値付けや割引はルールの範囲内で出荷者に任されていること、手数料は15%とほかのスーパーに比べて低いことなど、井上さんの丁寧な回答からは生産者とJAの対等な関係が伝わってきました。

- メルカートきたにて、ご自身の野菜を販売する際の工夫を話す松本さん。納品の際に買い付けに来たレストランのシェフと会話することも多く、横浜の都市農業のよさを感じるそう。研修員の皆さんはメモを取りながら真剣にお話を聞いていました。

作り手(農家)の視点で、横浜の農業を見る

そこへ、「小松ファーム」ではたらく農家の松本こずえさんが登場。松本さんは2006年に横浜で就農し、両親とパートタイムやボランティアの方々とともにおよそ1ヘクタールの土地を耕す小規模農家です。松本さんはSHEP研修プログラムの教材のなかにも登場し、自身の農業について話しています。研修員が「松本さんだ!」と親しみを込めて挨拶する場面もありました。
松本さんは少量多品目を育てており、なかでも積極的に“彩り野菜”と言われる珍しくカラフルな野菜を育てています。この日の売り場にも、ブロッコリーの一種であるスティックセニョール、紫色のにんじん、「タアサイ」という中国産の葉物、ヨーロッパ産の長ネギなどの珍しい野菜が。

「これらの野菜は、需要がすごく高いわけではないけれど一定数は必要な人がいる野菜です。特にレストランのシェフが使いやすかったり探していたりする野菜は、『輸入せずとも地元で新鮮なものが買える』ことが付加価値になります。例えば、みなさんの国で日本食がブームになっているなら、日本の野菜を育てることで日本食レストランに販売できるかもしれません」(松本さん)

- 訪問先研修のハイライトである農家:松本こずえさん。少数多品種、季節に合わせて彩り豊かな野菜を育てるスペシャリスト。

市場を分析し、「売れるものを作る」のはまさにSHEP研修プログラムで目指す形です。JICA横浜センター研修業務課の三國泰葉さんは、松本さんをはじめとした横浜の農家から、そういった“自分たちで考える”経営スタイルを学んでほしいと話します。

「横浜の農家さんは、さまざまな独自のスタイルで小規模経営をおこなっています。生産者一人ひとりが、自身の最適な農業の形を“自分たちで”考えること、そしてそれをサポートしていく体制づくりを学んでほしいと考えています」(三國さん)

また、SHEP研修プログラムでは農業におけるジェンダー主流化(農業における意思決定の場への女性の参加など)の重要性についても学びます。松本さんを筆頭に、横浜で活躍する女性農家の技術やパワフルさ、積極的な姿勢も知ってほしいことのひとつ。彼女たちをサポートする横浜市の取り組みも含めて、自国に持ち帰ってもらえたらという思いが、このプログラムには込められています。

隣り合う作り手と買い手の連携を視察して

その後、松本さんの農園「小松ファーム」へ、徒歩で移動。現在栽培しているのは、春ネギや里芋、菜花など8種類ほどの野菜です。一つ一つの作物量は、一般的な農家に比べてとても少なく、新鮮なうちに売り切れる数量に絞っていると話します。
また、作付けをした日、収穫開始日、天候や薬剤散布の記録、売れたものや時期なども日々記録している営農日誌も共有。日誌に挟んでいる新聞の切り抜きやカタログなどと合わせて紹介しました。紙のノートはPCよりも手軽に記録でき、見返すことで計画的な生産につながるという話に、研修員からは「ぜひ自国にアイディアを持ち帰りたい」と声が上がりました。

質疑応答は、農業経営についての質問が多く、研修員のみなさんが少しでも自国に研修内容を持ち帰ろうとしていることが伝わってきました。松本さんからは、県や市から技術的・金銭的にもさまざまなサポートがあること、メルカートきたを始めとしたJAとの連携についての情報共有がされました。

「メルカートきたでは、出荷時間に合わせた早朝に、資材や肥料の紹介ブースを作ってくれることもあります。梅雨や夏の暑い時期など季節に合わせた農業の仕方、線虫対策や土壌チェックのサービスなど。販売先としてはもちろん、情報提供の場としてもJAはとても大切なパートナーです」(松本さん)

参加者からの反応がよかったのは、松本さんが「JAから毎月発行される営農情報誌で病害虫などの情報を得ている」と話したとき。自国でもぜひ取り組みたいと話す参加者たちの姿が目立ちました。

- 松本こずえさんの圃場。横浜市が農道や配管を計画的に整備した土地で、都市農業ならではの風景が広がる。端まで歩き、畑の小ささに研修員たちが驚く場面もありました。

最後に、参加者からは「小さな土地で多くの農作物を育てるあなたを尊敬し、これからも応援しています。JAとローカルファーマーの連携を参考に、私たちも農家と市場をつなぐことがしたいと思います」との言葉があり、視察は終了しました。

各国の農業関係者が自国に持ち帰りやすい特徴や事例を、まさに小規模農園で体現している松本さん。隣り合うメルカートきたと小松ファームを視察したことで、より支援や連携の形が実感できる時間となりました。

横浜の小さな農業が、広く大きな世界へ

横浜の農業の生産から流通までを視察した、今回のSHEP研修プログラム。南アフリカからの研修員のみなさんは、どのようなことを感じ、自国へ持ち帰ろうとしているのでしょうか。

「研修員のみなさんには、農家さんと市場関係者間の関係性が深く印象に残ったようです。また、農家さんが自ら情報を収集・整理し、経営戦略を立て、限られた土地を最大限に生かして利益を上げていることに驚かれていました」(伊藤さん)

この研修プログラムを通して刺激を受けたのは、研修員だけではありません。自分たちの暮らす町や仕事、横浜の農業について改めて言語化することは、受け入れ側にとっても貴重な機会となったと松本さんは振り返ります。

「研修員のみなさんが自国の農業をサポートしようとする姿勢が、こちらも勉強になりました。小さな規模でありながら特殊な発展を遂げてきた横浜の農業が、それぞれの国でどのように発展していくのかとても興味深いですね。南アフリカの方々の熱意溢れる姿を見て、農業はハートだと思い出しました。ハートがある方々が、それぞれの国の農業を支えていくと思うと心が躍ります」

今後はSHEP研修プログラムの枠を超え、横浜市と南アフリカとの友好や、横浜と各国の農家同士の交流などへの広がりが期待されています。

「GREEN×EXPO 2027の開催地であり、都市農業が発展している横浜の地でSHEP研修プログラムがおこなわれたことに意義があると感じています。研修は終わってからが本番です。横浜での気づきや学びを研修員が自国へ持ち帰り、新たなコラボレーションが生まれることを期待しています」(三國さん)

日本中だけでなく、世界各国から人々を受け入れる多様な横浜。地場野菜を生産する農家さんと、それを支えるJAや買い手の関係性や工夫が、この地の農作物には詰まっていることがわかったSHEP研修プログラムとなりました。これから横浜の農業のエッセンスが、各国でどのように大きく広がっていくのか楽しみです。

- 研修中にSTYLE100のプロジェクト立ち上げ発表会が行われ、研修員のシドニーさんに代表して登壇していただきました。JICAの皆さん・南アフリカの皆さん、ありがとうございました!(一番右がJICA経済開発部農業・農村開発第一グループ第三チームの伊藤淳一さん、その隣がシドニーさん)

キーワードから関連記事を探す

サステナブル 世界 地産地消 農業 都市農業

STYLE100トップ