こどもと一緒に自然を調査しよう!

生物多様性

市民参加型の生き物調査「こども『いきいき』生き物調査」がつくる、あたらしい環境教育が目指す未来とは?

横浜で10年以上前から継続されている、ユニークな「生き物調査」をご存じでしょうか。横浜市内の小学生が主な調査員となる「こども『いきいき』生き物調査」です。市立小学校に通う5年生を中心とした児童が、夏休みの宿題として実施しています。

「こどもが調査員となる生き物調査とは?」「なんのために実施しているのか」調査を主導する横浜市「環境科学研究所」で、こども「いきいき」生き物調査の意義と【作りたい未来のSTYLE】について取材しました。

– 実際に生き物調査に参加した横浜市立鴨志田第一小学校の小学5年生の児童たち。

公害研究から環境研究へ。「環境科学研究所」が生物多様性を調査するワケ

環境科学研究所は、1976年に公害研究所として磯子区滝頭に設置されました。当時はさまざまな公害が社会問題として課題となっていたため、環境科学研究所では設置当初から大気や水質の測定を中心に分析・調査が行われてきました。

また、水質汚濁の現況を市民に伝えるために、川や海の水質の評価を目的とした生き物調査が行われてきました。現在は地球温暖化の進行や都市の開発による自然への影響などをふまえて、生物多様性や生活環境の保全を目的として、陸に生息する生き物の調査も行われています。

そんな中2011年、横浜では国の「生物多様性基本法」に基づく生物多様性地域戦略として「生物多様性横浜行動計画(ヨコハマbプラン)」が策定されました。

横浜市の生態系を調査する生き物調査を調査会社に依頼をするにも多額の予算が必要となります。時間と労力がかかる調査を、できるだけ持続可能なカタチでより良く行えないか。また、次世代を担うこどもに生き物に関心を持ってもらうことができないか。

そんな想いから検討を行った結果、外部事業者による調査に加えて、市民との協働による生物調査が行われることとなりました。

– 新子安駅または京急新子安駅から徒歩15分の場所にある横浜市環境科学研究所。さまざまな調査研究を行う部屋がたくさんある。

調査員は小学生!?市全体をあげて行う生き物調査

こうして始まったのがこども「いきいき」生き物調査です。
この調査では、市内の小学生が、過去1年間に家や学校の近くで見つけた生き物について、調査票に◯をつけます。

– 環境科学研究所が夏休み前に配布した調査票には、「ツバメの巣」や「アメリカザリガニ」などの9種類の生き物が調査対象として描かれています。

対象となる生き物を数年おきに順番に調査しており、調査方法は年によって変わることはありません。小学生が調査員となり、市内の生き物を調べるこの取り組みは10年以上続いており、毎年1万人以上が参加しています。

こどものデータだけど、ちゃんと学術的な価値がある!
大規模で長期間の調査だからこその信頼性

とはいえ、一般的な生き物調査のイメージは専門家が行うもので「小学生の調査が、本当に役に立つのだろうか」と思われる方もいるかもしれません。しかし環境科学研究所の高須所長によると、小学生が取り組んだ調査結果はきちんと目に見えており、外来種の増加や在来種の減少などが判明しているといいます。
「小学生が記録する調査というと精度・信頼度が低いと感じられる方もいるかもしれませんが、決してそうではありません。専門家ではなくても1万人という大規模な人数で行っているからこそ、個体数の変化や生息地の変化などについてしっかりと結果が得られていると感じています」

今年度の「こども『いきいき』生き物調査」に参加した、横浜市立鴨志田第一小学校、5年生担任の小林洋実(こばやしひろし)先生にお話を聞きました。
「調査は、こどもにも良い機会になっています。この調査に参加することで、身の回りの生き物を改めて認識するんですよ。例えば、近所の鶴見川で普段は意識せず見ていた白い鳥が、白サギだったことに気づいたり。こういった認識は、地域の自然環境に興味を持つきっかけとなっています」

また実際に調査に参加したこどもからは「いつも遊んでいる公園にも、こんなに生き物がいるんだって知れてよかった」「雨の日と晴れの日では、見つかる生き物が違うんだよね」など、改めて地域の自然を楽しんでいる声が聞こえてきました。

データから見えてくる横浜の生き物の変遷!

例えば2年に1回行っているカブトムシの調査では、個体が見られる地域に差があることが分かりました。毎回、西部では多くの小学生がカブトムシを「見つけることができた」と回答したのに対し、東部の湾岸エリアでは個体を見つけた小学生が少なくなっています。

– 生き物を確認できた児童の割合(確認率)を色の濃淡で表し、視認しやすい形にして発表している。

例えばツバメは、横浜市内での確認率(その生き物を見つけた児童の割合)が年月を経るごとに下がっています。国全体でもツバメの減少は囁かれており、それを証明するようなデータが数値として得られたこととなりました。
「例えば、小学生の行動時間が限られているため、夜行性の動物の確認率は低くなります。そのため、別の種類同士での比較は難しいですが、同じ種類の生息場所や年ごとの確認率を比較する分には十分に変化が追えています」
さらに、横浜市がこれまでに取り組んできた環境改善の取り組みに対する成果も調査から見えてきます。今年の調査結果では水辺に見られる白サギの確認率が増加しています。河川や公園内の池などの水辺環境の整備、改善が功を奏しているといえるのではないでしょうか。

小学生が調査した結果は、このようにさまざまなデータとして表れてより良い横浜をつくるための貴重な資料となっているのです!

こどもが生物多様性に興味を持つきっかけづくりに

こども「いきいき」生き物調査は、こどもが横浜の生物多様性に興味をもつきっかけにもなっています。
この調査に小学5年生が中心として関わっているのは、学習指導要領に基づいて小学4年生までに「身の回りの生物」や「季節と生物」に関する学習が行われるからです。

「一度学習していないと生き物を見ても認識ができないというのも理由ですが、やはり虫や動物に興味を持てるのも、一度学習をして知識を持っているからだと考えています。知識を得て、街に出て、生き物を見て、学びを生かす。そうすることで生態系に興味を持ってもらえたら嬉しいです」と、環境科学研究所の高須所長は話します。

また、調査によって小学生が回収したデータは環境科学研究所で解析され、報告書や壁新聞として各小学校に配られます。研究所が出前講座を行うこともあり、こどもは自分たちが調査したことでどのようなことが分かったのかを直に体感します。

– お話をうかがった横浜市みどり環境局 環境科学研究所 担当係長(調査研究担当) 関浩二さん(左)、横浜市みどり環境局 環境科学研究所長 高須豊さん(中央)、横浜市みどり環境局 環境科学研究所 担当 川村顕子さん(右)

川村さん:こどもには、横浜の中にもさまざまな環境があり、見られる生き物も異なることを知ってもらいたいです。その知識を通じて、地域の特徴が生物多様性にどのような影響をもたらすのか興味を持ってもらえれば嬉しいです。

報告書や出前授業を通じて『自分たちのところでは当たり前に見られるけれど、他の地域では見られない生き物がいる』ことを知ったり、逆に『他の地域に行けば見られるけれど、家のまわりにはいない生き物もいる』ことを知ったり。同じ横浜の中でさえこんなにも違うのだと知って、目を輝かせる様子を見ているとやりがいを感じますね。

それに、こどもは調査に参加したとしても、それで結局何が分かったのかフィードバックがなければ、きっとこの調査に協力したこともすぐに忘れてしまうと思うんです。
こどもの本質的な学びのためにも、この調査を長く続けていくためにも、皆さんに参加していただいてどういった結果になったのかはきちんと伝え続けたいと考えています。

また、川村さんは小学生に、生き物が見つからなかったことも大事な調査データであると伝えています。緑、川、都市、海…多様な景観を持つ横浜ならではの生態系を調査するためには「見つからない」ことも重要なデータとなるからです。

特に横浜は海の横に高層ビルが立ち並ぶ港町のイメージが強いものの、実は緑が豊かな地域。そんな地域が一丸となって調査を行っていると、市街地にはあまり生き物がいないことに気が付いた小学生の中に「緑のある地域だけが生き物にとって良い環境なのではないか」と思う人も出てくるでしょう。
しかし、市街地には市街地ならではの生態系があり、都心臨海部と郊外部の両方があるからこそさまざまな生き物が住む街が生まれます。例えば、こども「いきいき」生き物調査では、スズメの確認率は郊外部よりも都心臨海部でのほうが高くなっています。生き物が「いない」ことは決して悪ではないのです。こども「いきいき」生き物調査は、そんな生物多様性をこどもが理解するための取り組みでもあるわけです。

10年以上続く取り組みは「現場の協力があってこそ」

とはいえ、こども「いきいき」生き物調査がここまでの規模に広がって成果を出すようになるまでには「現場を一番よく知っている先生方の協力が欠かせない」と言います。
実は30〜40年ほど前、市内の小中学校では教員が主導した生き物調査が行われていました。こども「いきいき」生き物調査を開始する前には、この時の経験をもつ教師の意見を伺ったといいます。

川村さん:特に調査対象の生き物の選定や調査票のフォーマット作成では、先生方に協力してもらいました。こどもに調査してもらう項目は、シンプルな調査に落とし込むことが必要です。

また調査では毎年の変化を見るため、調査方法を変えたり、調査票のフォーマットを変えたりすることはできません。適切な方法で調査を始められるよう準備する必要がありました。研究所だけで適切な調査方法を決めるのは非常にむずかしく、現場を知っている先生方の助けがなければ調査開始には至りませんでした。

どうすればこどもが調査しやすいのか。どこまでのレベルであれば、小学生でも理解できるのか。丁寧に現場の意見をもらったからこそ、行政と教育現場が協働する10年以上にわたるプロジェクトが成り立っています。

こどもから大人までが、日々生き物との出会いを大切にできる未来に向かって

市民の力を借りて「教育」の観点も加えて調査を行う、知恵を絞った取り組み。このプロジェクトの最大の特徴は、毎年1万人が調査に参加している点です。

やり方自体はシンプルでありどの自治体でもできるものの、小学生と一緒に調査して大規模なデータを収集するのは、ある程度人口の多い都市でないとできません。こども「いきいき」生き物調査は、横浜という都市の大きさも活用した取り組みなのです。

こども「いきいき」生き物調査は、今後も横浜市内の小学生を対象に長く続いていくプロジェクト。ゆくゆくは横浜市内の小学校に通う全校・全学年の児童が調査に参加したことのある状態を目指し、こどもから大人までが横浜にさまざまな生物がいることを実感できる未来を描いています。

外来種が増加し、在来種が減少していること。
思わぬ生物が、想定外の環境で増加していること。
この調査から見えてくる結果も年々増えているそうです。

近い将来、この調査から見えてきた結果を受けてあたらしい施策が生まれたり、より良い環境作りのために生かされたりする日も来るかもしれません。ぜひあなたも、身近な生物を観察しに出かけてみませんか?

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